人生はきれいごとばかりではないけれど、「きれいごと」を言わずに何を言う?



「豊かな人生を送りたい...」とは、誰もが願う普遍的な想いです。


豊かな人生を送るために求めるものは一人ひとり違いますが、思い描く「豊かな人生像」が今の現実とかけ離れている場合、それを周りの知人や友人に話せば「何をバカなことを言っているんだ」と、冷笑されることは間違いないでしょう。当然、気軽に堂々と口にすることはできませんよね。


なぜ「きれいごと」が嫌われるのか?



「偽善」という言葉があります。偽りの善という言葉が表すように、善であることを装った行為一般を示し、現代は偽善が特に嫌われる時代です。


チャリティイベントがあれば粗探しが行われ、慈善事業には疑いの目が向けられます。こうした状況は、「人生はきれいごとばかりではない!」という人々の信念が関係しているのでしょう。


しかし、本当にそれでいいのでしょうか?


夢や理想を持つフリーランスと、生活のためと割切る会社員



「人生を楽しむために、やりたいことをやる!」と夢や理想を宣言した人と、「仕事は選ぶものではない。働いて得る給料は我慢料」が信条の人がいたとします。

10年後の姿は、どうなっていると思いますか?


どちらも、現時点の考えが、現実に反映されている点では、両者とも同じでしょう。

ですが、幸福度では、前者のほうが高いと思われます。


なぜならば、変化を望んだ人は変化するための行動を続けていくからです。

ダイナミックに変化を遂げているということが想像できます。


片や、ただただ現状維持。とにかく何事もなく定年まで勤め上げることを考えて日々を消化して生きている人とでは、「未来のカタチ」が違って当然です。


故に、理想を実現させた人のほうが、生活環境も心も、幸福度は高いものとなりますよね。

それだけ、何を考え、言葉にするか?は、大切なのです。